日本データベース学会

日本データベース学会 Newsletter 2023年11月号 (Vol.16, No. 6)

若手研究者対談企画号


    本号では昨年に引き続き,若手研究者の方々の対談記事を企画しました.
    産学両面で参加をお願いし,筑波大学,NEC,NTTの方々に参加いただき,多様な意見を交換する対談になりました.
    研究者を志す若い学生の方のご参考になればと思います.
    本号ならびにDBSJ Newsletterに対するご意見あるいは次号以降に期待する内容についてご意見がございましたらnews-com [at] dbsj.orgまでお寄せください.

    DBSJ Newsletter 編集委員会(担当編集委員 駒水 孝裕)


    対談企画について
    駒水 孝裕(名古屋大学)

    昨今の感染症対策のために,研究者同士の交流が薄れつつある現状から,特に若手研究者同士の交流機会になればと思って企画しました.
    対談の形を取ることで,よりそれぞれの思いを感じ取れる記事になったと思いますので,ぜひご一読いただけると幸いです.

    今回の対談には,以下の3名にご参加いただきました.
    – 伊藤 寛祥(筑波大学)
    – 野澤 拓磨(NEC データサイエンスラボラトリー)
    – 西田 光甫(NTT人間情報研究所)

    対談では,以下の質問を設定しました.
    1. 氏名と所属と現在行っている研究を教えて下さい
    2. 現在の職場で研究を行おうと志したきっかけや理由を教えて下さい.
    3. 学生時代,大学での研究と企業の研究でギャップを感じたこととその理由を教えてください.
    4. 取り組んでいる研究業務中で達成感を感じたこととその理由を教えて下さい.
    5. 学生の頃と比較して自分が成長したと思うことを教えて下さい.
    6. 今後に取り組みたいことを教えて下さい(キャリアパス,研究テーマ,気になる技術など).
    7. 後日談:今回の対談企画に参加した感想を聞かせてください.

    以下対談の内容になります.お楽しみください.

    ◎ 氏名と所属と現在行っている研究を教えて下さい

    ♣ 西田
    西田光甫と申します.所属はNTT人間情報研究所です.NTT研究所には10個以上の研究所があり,その中の1つになります.私の研究分野は自然言語処理になります.今,自然言語処理と言うと大規模言語モデルが大流行りしてますが,まさに大規模言語モデルに関する研究をやっています.

    ◆ 伊藤
    伊藤寛祥と申します.所属は筑波大学の図書館情報メディア系で,理系の教員と文系の教員の両方から構成される文理融合型の組織の所属になります.私の研究は,機械学習とデータ工学とヒューマンコンピュテーションを組み合わせた複合的な領域の研究をしていて,人間の感性を機械にどうやって取り入れるかや,人間そのものの行動や感性をどうやってモデル化したらうまく予測ができるかとか,そういったことを研究しています.

    ★ 野澤
    所属は,NECのデータサイエンスラボラトリーの言語ナレッジ活用グループで,データベースや自然言語を扱うチームにおります.私の研究はデータから興味深いインサイトを発見することをテーマにしています.インサイトってなんぞやみたいな話がありますが,要は人間が面白いと思うようなデータパターンとか,人間の役に立ちそうなデータを取ってくるような研究をやっています.最近は大規模言語モデルが流行っていて,こういった言語系の技術を活用することで,目的のインサイトをもってくる研究にも手を出しています.

    ◆ 伊藤
    インサイトって,ものすごく興味深いワードだなと思ったんですけど,人間のインサイトらしさの学術的な定義ってあったりするんですか?

    ★ 野澤
    そうですね.先行研究でも色々な試行錯誤はあります.従来はヒューリスティックに定義した関数に基づいた評価を行う場合が多かったのですが,近年は人間が面白いと思ったデータの特徴を学習して行く機械学習ベースのアプローチにも注目が集まっています.例えば,BI ツールで可視化されるデータから人間が注目しそうな特徴をモデルに学習させて,その評価値に基づいて面白そうなデータを拾ってくるみたいなことをやっています.

    ◎現在の職場で研究を行おうと志したきっかけや理由を教えて下さい.

    ★ 野澤
    私は,学部から博士時代までコンピューターシミュレーションを使った分子運動の解析を専門にしており,データベースとは全く関係ない研究をしていました.卒業後には基礎研究から少し離れてより実社会に近い所に行きたいなと思うようになり,新卒ではシンクタンクに入社しました.しかしながら,シンクタンクでの仕事では少し技術から離れ過ぎたなと思うようになり,技術畑に戻って来たいなと思っていたときに,NECのデータサイエンスラボラトリーが目に止まりました.データサイエンスであれば応用に近い領域でもありながらアカデミックな研究活動や最先端の技術に触れられる機会が多そうだったので,転職するならデータサイエンスに行こうかなと考えていたところ,NECの技術を学会活動やプレスリリースなどの形で目にすることが多く,なんか面白そうなことやっているなと感じていました.それでキャリア採用の面談に応募し,無事採用されて今働かせてもらっているという流れになります.

    ◆ 伊藤
    私は学類・修士・博士を学生として研究してきたんですけど,その中で比較的自分は基礎研究に強い興味があるなという実感があって,企業ではどうしても色々なしがらみの中で研究に取り組むことが多い気がするんですけど,そういったものと比較的切り離された形で,本当に自分の興味があることをしっかり突き詰められる研究職となると,アカデミアでの研究になるのかなって思ったのが,まず 1つ.あと私,もともと教育にも興味があって,学生をどういうふうに育成したら研究者として育っていくかだとか,そういったことにもかなり関心があったといった中で,教育と基礎研究の両方に取り組めるアカデミアが,私の中では最適解でした.

    ♣ 西田
    私はお2人と違って修士卒で入社しています.修士までは機械学習のかなり理論寄りの研究をする,最適化手法とか統計モデルに関しての研究室でした.その後のモチベーションは野沢さんと近くて,これからも理論の研究を続けるよりは応用寄りの研究や社会実装に携わりたいと思って就活を始めました.その中でも特に,自然言語処理って面白そうだ,人間の営みにとって言語って大事そうだと考え,なんとなく自然言語処理に携わりたいと思いながら企業研究所を何社か受けていたところ,ちょうど NTT 研究所に声をかけられて入社した.という経緯です.

    ★ 野澤
    伊藤さんに聞いてみたいのですが,学生時代と同じ分野でアカデミックキャリアを進まれている中で,他の分野に浮気したくなったり,教育の観点でのご苦労があったりなど,思ったのと違ったことがあったりしましたか?

    ◆ 伊藤
    学内運営とか研究の本筋とはちょっとずれるような仕事に結構なエフォートを割く必要があったりですとか,学生さんとの打合せにかなり時間がかかったりするので,研究動向についていくのに精一杯になりつつあったりといった具合で,なかなか自分の研究にしっかり打ち込む時間がとれないところにもどかしさを感じることはありますね.でも,大学ってやっぱり自由度がかなり高いので,私の学生の頃の研究は行列分解のコアのアルゴリズムの研究とかだったんですけど,色んな人とコラボする中で,ちょっと心理学的なことをやってみたりとか,ちょっと社会的なことをやってみたりとか,研究のバリエーションを広げるのがすごく簡単というか,かなりやりやすい雰囲気があるので,そういった意味ではやりたいことを自分のやりたいように本当に好きにできるっていう.そういうところはすごくいいところだなと思っていますね.

    ◎ 学生時代,大学での研究と企業の研究でギャップを感じたこととその理由を教えてください.

    ◆ 伊藤
    私は時間の使い方で学生時代と大きなギャップを感じていて,業務を回しながら,学生の教育もしながら,自分の研究もしながらっていうスケジューリングをかなりちゃんとやらないと全然回らないっていう感じの仕事になっていて,学生の頃はいくらでも自分のための時間があった気がするんですが,そういう感覚からはかなり変わった感じがします.まとまった時間をしっかり使って自分の研究にしっかり向き合う時間はかなり貴重で贅沢なもので,当時もっと大事にすればよかったなと今になると思いますね.

    ♣ 西田
    多くの企業研究者が言うことだと思いますが,やっぱり企業の研究って,社会に役に立つこと,その結果として会社の利益になることっていうのが目的関数になってくるので,そこが学生時代の研究とは違うかなと思います.もちろん大学でも,工学部の研究のゴールの一つは社会の役に立つことだと思います.が,特に僕の専攻に関しては,数理系の研究をしていたので,理論的な面白さが先に来てからその面白さをアルゴリズムに繋げる,のような研究も多かったです.研究のスタートの時点から役に立つことを意識する,という今の研究スタイルは,理論的な面白さを突き詰めた学生時代とはまた違った面白さがあると感じています.

    ★ 野澤
    1つ目はやはり,伊藤さんのコメントにあったタイムマネジメントの観点です.学生の時には面白かったらとりあえずクイックにやってみることができましたが,今は何かをやろうと思うと,逆に何かをやらない選択をすることになります.もちろん,上手く仕組み化していくことで効率化することも意識させられますね.もう1つの観点としては,西田さんがおっしゃっていたように,利用者への提供価値を問われ続けることです.ただ,もしかすると,企業と大学というよりは,分野の違いがあるかもしれません.物理化学系は,それぞれの研究者の興味に基づいて発掘型の研究をしている側面がかなり強くて,何が起こるか分からないからとりあえずやってみましょう,みたいなロジックが一応成立する研究分野ではあり,めちゃくちゃマニアックな研究をやっている人が結構いたりします.一方で,データサイエンスは解くべき問題設定と,その裏にあるお客様の価値が常に絡んでくるので,やはり提供価値なるものを意識している印象を受けています.さらに,企業としての立場で言えば,色んな技術を俯瞰して解くべき問題に対してベストな手法を選んでいくことなど,ゴールを達成するために,より適したものは何なのかを意識させられる機会がめちゃめちゃ増えましたね.

    ★ 野澤
    西田さんのように理論系の研究だと,もしかすると1人でやっているケースがあるのかもしれませんが,色んな人と関わるような企業における研究でギャップを感じたりするのでしょうか?

    ♣ 西田
    ご推察の通り,例えば卒論は自分と指導教員とメンターの博士の先輩で研究を進める,のように個人レベルでの研究が大学の頃は多かったです.一方で企業に入ると,チームの中で研究が得意な人もいれば,事業貢献が得意な人もいて,それらの人たちがうまく協力して一つのプロジェクトに取り組む,というチームでの活動がメインになっています.この点も企業と大学で違うところかなと思います.

    ◆ 伊藤
    やっぱり企業で研究されていると,サービスに結びつくかどうとか,そういった部分が最優先になる感じなんでしょうかね?

    ★ 野澤
    興味の赴くままに探索的な研究をされている方もいらっしゃると思いますが,新しくプロダクトを立ち上げるというのは,そんなに簡単な話じゃないのかなと感じています.本当にお客さんのもとに届けようと思うと,今作っているものを全力投球するのはもちろん,他に必要なものは無いのだっけ?みたいな議論を結構忙しい中で回すことになります.したがって,興味のあるトピックにガッツリと時間をとってくるのが,少し難しくなってくる側面はあると思います.当然,予算という話もついてくると思いますし.

    ♣ 西田
    そうですね.NTT研究所も細かい研究所によって立場が違うんですけど,僕が所属している人間研は3年後とか5年後くらいには何らかの形で社会の役に立つ,会社の利益につながるというところは説明をつけられる研究じゃないとするのは難しいかなと思います.

    ◆ 伊藤
    なるほど.とても個人的な印象なんですけど,NTT研って基礎研究にも理解がある研究所のイメージがあるんですけど, NECと比べたときの違いとかはあったりしますか?

    ♣ 西田
    人間研に関しては,その3年後,5年後に役に立つという説明さえできれば,ボトムアップで研究テーマを決めることが多いので,研究テーマに自分が裁量を持っていると感じます.他社さんとの比較は分かりませんが,多分民間企業の中ではかなり自分に裁量が与えられている研究所なのかなと思います.

    ★ 野澤
    NTT さんほどじゃないかもしれないですけど,NECも多分かなり自由度がある研究所でして比較的アカデミック色が強いかなと思います.どういうことに役立ちます的な説明ができれば,研究をスタートすることは可能です.一方で,論文でだけで終わってしまうとその価値が十分に説明できないので,その先にある製品化についてもかなり意識をさせられます.自分の興味関心とマーケットニーズとかみ合うところを研究テーマに設定しようかな,と考えることに自ずとなってくる側面があるかなと思いますね.もちろん,自分の調整可能なリソースの範囲内で,探索的に扱ってみる分には自由にできると思います.

    ◎ 取り組んでいる研究業務中で達成感を感じたこととその理由を教えて下さい.

    ♣ 西田
    僕はかなり研究寄りの業務に携わっているので,達成感を感じることはアカデミアの研究者の方とあまり変わらないのかなと思っています.やっぱり達成感を感じるのは,なんとなくこういうことができそうだっていうアイディアが,実験ベースで本当にできるっていうのが確認できた,アイディアが形になった時.それと論文に採択された時の 2つが多いです.アイディア時点だとできそうだって思いながらも上手くいかないないことってすごく多いと思うんですが,工夫を重ねた結果実験がうまく行ったときの喜びは大きいと感じます.また,それを頑張ってまとめた論文が採択された時ももちろん嬉しいです.

    ◆ 伊藤
    私は研究も勿論そうなんですけど,教育の中で達成感を感じることが結構多いです.最近達成感を感じたのは,B4からしっかり育てた学生が書いた論文が Best Student Paperをとったり,それがジャーナルに推薦されたり,いっぱしの研究者を育てることができたような感じがしたときに大きな達成感を感じましたね.あとは,本当に些細なことかもしれないんですけど,最初は手取り足取り指導していた学生が,M1, M2になっていくにつれて,「こんな手法を考えたんですけどどうですかね」とか持ってきてくれることとかあったりとかして,研究に対する興味とか主体性が出てきてくれた時とかにすごく達成感を感じます.あとは,私のいる組織って文理融合型なので,結構文系の学生さんとかもいて,その中で離散数学とかを教えないといけないんですけど,授業評価で,最初は全然興味なかったんだけど講義を受けているうちに興味が湧いてきましたとか,そういったことを授業評価で書いてくれたときに達成感を感じましたね.

    ★ 野澤
    自分が作った技術をお客さんのデータに適用して,そこで得られた結果をお客さんや事業部のメンバーとかに褒めていただいた時に,とても達成感を覚えます.研究所の中で育てているのが種を巻いているフェーズで,ようやく芽が出たなって感じるのが実際に具体的に喜んでくれるお客さんとかが見えてきた時だなと思っていて,その時に一層モチベーションが上がったりします.また,事業部やお客さんが絡んで技術検証すると,なんだかんだめちゃめちゃハードになっちゃうことが多いです.コンセプト的には合致しているものの,最初から上手くいくことは稀で,結果を見せてフィードバックをもらって,それに応えるために全力でアップデートするサイクルをひたすら繰り返すみたいになりがちなのですが,これにはある種のスポーツ的な楽しさがあります.がむしゃらに走りながらプロダクトをアップデートしていく時は大変ではあるのですが,やり終えた時にこの上ない達成感があります.

    ♣ 西田
    伊藤さんは研究者として育成することが楽しいと仰っていましたが,研究の楽しさを知ってもらうために心がけていることがあったら,ぜひ教えて頂けないでしょうか?

    ◆ 伊藤
    教員ごとにいろいろ教育のスタイルってあるかもしれないんですけど,私は与えたテーマを私自身がすごく楽しそうにやるっていうのが,結構大事なポイントかなと思っていて,私だったらこの問題をこういうふうに解くなっていうのを楽しそうに語るっていうのは意識しているところです.研究にもいろいろスタイルがあると思うんですけど,そういう型とかスタイルとか,そういうのが学生さんの中で育っていくと,自発的に学生さんが動き出してくれると思っています.何と言うか,自分で考えて物事を達成する楽しさを味わってもらうのがまず大事なのかなと私は思ってますね.

    ★ 野澤
    教育という観点で自分の博士時代を振り返ると,ハマる人にはハマって凄く研究を楽しんでもらえるのだけども,それが嫌になっちゃって逃げ出しちゃう方も結構いたな,というのが難しいポイントだと記憶しています.もし,伊藤さんが普段から学生とのコミュニケーションで気を付けていることがあったら教えていただきたいなと思います.

    ◆ 伊藤
    私は学生さんがどういうタイプなのかを常に観察するようにしていて,応用志向の学生さんもいれば,自分の興味に走るっていう学生さんもいたり,数式いじってるのが楽しい学生さんもいたりとか.いろいろな個性をもつ学生がいる中でテーマを与えるんですけど,その中でできるだけ学生のテンションが上がるような指導をするのは結構意識しています.あとは,手取り足取り教えて欲しい学生さんもいたり.放っておいてほしい学生さんもいたり,一般にフィットするような教育のスタイルって多分ないと思っていて,学生さんごとにオーダーメイドの教育ができるのが理想なのかなと思ってます.

    ★ 野澤
    西田さんに聞いてみたいのですが,論文化の喜びはこの上ないと思うのですけど,常に上手くいく訳じゃないですよね.自分の場合には,モヤモヤとした状態で書き上げてしまって,投稿しても通らなくて,モチベーションが下がって,この研究は塩付けしたいなみたいな負のサイクルに入ってしまうシーンがあったりします.もし西田さんにも同様の状況があれば,どういうやり方でこのような状態を突破しているのかを教えていただきたいなと思います.

    ♣ 西田
    僕もそういうタイプです.上手くいかない時間ばっかりなんですが,僕は割と飽き性なところもあって,複数のテーマを持つようにしています.そして,1つの研究テーマがうまくいかないときは,その研究は塩漬けにして別の研究テーマをやっています.すると段々気が上向いてきて,塩漬けにしたテーマもそろそろ面倒を見てやるか,という気持ちになってくることが多いです.

    ◎学生の頃と比較して自分が成長したと思うことを教えて下さい.

    ★ 野澤
    すごく抽象度が高いですが人間力ですかね(笑).学生時代を思い返すと,自分の物差しで比べちゃう癖があり.自分と違う意見やすれ違いが発生するとストレスを感じたりすることがありました.今もでも無くはないですが,当時はもっと器が小さかったなと思っています.卒業後に色んな業界を見られたことが影響していると思いますが,人それぞれの個性,背景事情,価値観の違いをスッと受け入れられるようになったな,価値観を入れるための収納箱が広がったかなって思っていたりします.また,言語化されていない表情の変化や雰囲気などから,リスク要因となりそうなことを早めに察知するスキルが上がったかなと思っていて,仕事で役に立っていたりします.一方で,そこを気にしすぎて気を使いまくるっていう,なんか悪いことも最近出てきて難しいところだなと思いながら働いているところです.

    ◆ 伊藤
    私は,割とマネージャー視点と学生側の視点と両方手に入ったっていうところが結構大きいような感じがします.学生が準備してくる資料とか,相談の仕方には学生ごとに個性が出るんですが,それをマネージャー側がどう感じるのかっていう視点が身に付いて来た感じがあって,逆に私がマネージャー側の人に相談するときに,どういうスタイルを取ると,マネージャーがどう思うかという視点が手に入ったのは結構大きいような感じがしますね.結構綿密に準備してくれる学生もいたり,大雑把な感じの学生もいたりして,おそらく社会人として学ぶ場合よりも,もっと多様なパターンを体感できている気がして,こういった部分は逆に教員側が勉強になっている部分のような感じがしますね.

    ♣ 西田
    僕は興味の幅が広がったなって感じています.研究に関して言うと,興味のある分野,研究テーマが広がっています.学生の頃は最適化のとある 1分野のことしか知らなかったですし,入社したての頃も質問応答と呼ばれるタスクのことしか知らなかったです.今は興味のあることが多くて,例えば学会でポスターセッションを回るのにかかる時間も新入社員の頃に比べたらとても増えたなあと思っています.入社した頃は自分の事で精一杯でしたけど,後輩が増えて後輩の研究テーマにも詳しくなるとか,インターン生や新入社員のメンターをするとか,そういう経験を通じて少しずつ知りたいこと,興味のある事が増えていったのかなと思っています.これは研究に限ったことではなくて,さっき野澤さんが仰っていた価値観の収納箱が広がったという表現がとてもいいなって思ったんですけど,興味の幅が広がったと同時に視野が広がり,色々な価値観が理解できるようになったと思います.管理職の人は管理職なりの価値観を持っていて,事業に軸足を置いている人はまた別の価値観を持っていて,ということが理解できる.色んな価値観を考慮した上で自分の意見を持つことができるようになったと思います.

    ♣ 西田
    野澤さんがコンサルの経験をお持ちなのは,僕らの中では唯一ですし,学会誌を読む人の中でも珍しい経験だと思います.コンサルの経験から身についたと思う能力とか,その能力が身につくためにしたらよいと思うこと,がもしあったら教えて頂けないでしょうか?

    ★ 野澤
    情報をすごい短時間でまとめていく力を求められるので,そこはかなり役に立ったなと思っていますね.論文を1つずつ探して行くにしても,常にレポーティングのことを意識しながら調査をするなど,目的を持ちながら作業する癖がついています.あとは,会議が多い業界ではあるので,議事録のタスクがどんどん溜まっていっちゃうのですよね.いかに効率的に作業するかなど、タイムマネジメントとかタスクスケジューリングを意識する能力は結構役に立っているかなと思います.

    ♣ 西田
    確かに,私はサーベイするにしても時間を決めずにサーベイしちゃうことが多いのですが,締め切りを意識してサーベイをすることは,研究のサイクルを早めるために非常に役に立ちそうですね.

    ★ 野澤
    そうですね.ある程度は役に立つと思います.一方で,効率を求めすぎると,クリエイティブにまでたどり着かないのではないかな,と僕は思っています.効率的に情報を拾って何か分かった気になっているだけだと多分不十分で,その先にある新しいものを生み出すためには,すごく詳細な情報や些末な情報も含めて,色々と頭に詰め込んで考える時間が必要なんじゃないかな,という持論があります.したがって,必ずしも効率主義的なやり方を選択するのではなく泥臭く研究をやる必要もあるのかなと.目的に応じてスタイルを使い分けて行くっていうのが大事なんじゃないかなと思います.

    ◎ 今後に取り組みたいことを教えて下さい(キャリアパス,研究テーマ,気になる技術など).

    ♣ 西田
    1つは,社会人博士を取得したいと思っています.研究者としてやっていく以上は博士は名刺代わり・資格として持っておきたいと思っていて,社会人博士に通っています.NTT研究所に入社した理由の 1つに社会人博士の人数の多さがあって,会社も社会人博士取得を応援してくれているので,自分の人生の中で絶対にとっておきたいなと思っています.研究テーマ・気になる技術についてですが,大規模言語モデルに今注目が集まっていますが,その一方で期待が高まりすぎていると思っています.だからこそ,いずれ訪れる「思ってたものと違うじゃん」っていう幻滅期に,今の期待の高まりをソフトランディングさせるための研究が,今一番興味を持っているところになります.

    ◆ 伊藤
    研究テーマとしては,人間の社会構造をどうモデル化してどう制御したらいいのかといったテーマに興味があって,社会の中で人間同士の繋がりとかを物理モデルで捉えた分析手法とか,社会学とか経済学とかゲーム理論とかそういった分野を結びつけたような学際的な研究とかに興味があっていろいろ研究を進めています.あとは,研究している意味ってなんだろうかって考えた時に,どんな形であれ,とにかく成果をつかってもらえるかどうかが大事なのかなと思っていて,民間企業とかボランティア団体とか,色々なかたちで社会実装していく部分も意識したような研究が展開できたらいいなと思っています.

    ★ 野澤
    直近での話で言うと,今取りかかっているプロダクトを世の中に出していくことが,私の目標にはなっています.正直,これだけで相当大変なんじゃないかっていう空気を感じてはいるのですけど,その後も何らかの形で研究は続けていきたいなと思っています.余裕が出てきたら,分子系とデータサイエンスを組み合わせた研究に手を出していきたいなと思っているところです.もう1つは,副業で関わっているスタートアップの売上をどんどん拡大させていきたいなと思っていたりします.大企業とは違って,スタートアップならではダイナミックな変化を楽しむことができるので,大企業とスタートアップの両方のキャリアを進めていきたいなと思っているところがあります.

    ● 駒水(司会)
    長いスパンで見た時に,皆さんどう思ってるかを一言ずつ聞かせてください.例えば,伊藤さんだったら教授目指すのかとか,企業のお2人だったら管理職になっていくのか,それともその後,アカデミアを見据えているのかとか,そういった観点で一言ずつお願いします.

    ♣ 西田
    NTT 研究所は,マネジメントがメインの管理職とは別に,研究をメインで続ける特別研究員のキャリアパスを用意しています.企業の立場で研究者としてのキャリアを築いていくことを目標にしています.

    ◆ 伊藤
    私は今の仕事をやる中で,やっぱり教育の仕事は肌に合うなあと感じていて,このままのキャリアで教授を目指して,その中で育てた学生が色んなところで活躍しているのを見守るっていう,そういった感じで生きていきたいなと思っています.

    ★ 野澤
    どこに所属していたいというモチベーションは特にないのですけど,研究はやりつつも,自分の持っている専門性に関係するような事業も持っていたいなと思っています.例えば,自分の会社をやりながら大学を兼務されている方がいらっしゃいますけど,そういう風になれたら嬉しいかなと思っていたりはします.

    後日談:今回の対談企画に参加した感想を聞かせてください.

    ◆ 伊藤
    それぞれ違った境遇で研究者になって,異なる環境で研究に打ち込んでいる方々と交流できて,とても勉強になったと同時に刺激になりました.対談というかたちでお話できたおかげで,研究や仕事への向き合い方といった話を照れずにアツく交わせたのは本当に良かったと思います.学会やお仕事の中で再会できますことを楽しみにしています.最後に,対談企画をマネジメントしてくださった駒水先生に心より感謝申し上げます.

    ★ 野澤
    対談にお招き頂きありがとうございました.伊藤さん・西田さんのお話にとても刺激を受けたとともに,悩みを共感するシーンもありました.それぞれの立場の事情は微妙に異なるものの,根底にある研究や仕事に対する向き合い方には共通項があるような気がして,ぜひどこかの機会でお二人と語り明かしたいなぁと思っています.私がデータベース業界に入っていたのはまさにコロナ禍の真っ只中で,コミュニティ内での知り合いを増やすのにとても苦労しておりました.最近は,各種制限も徐々に緩和しており活動の幅を意識的に広げておりますが,もっと知り合いを増やして行きたいと思っています.もし,この対談記事を見かけた方いらっしゃったら,ぜひお気軽にお声がけを頂けたら嬉しいです.

    ♣ 西田
    企画に関わられた皆様,有難うございました.コロナ禍で学会がオンライン開催に移行していた間なかなか新規の交流が増えず苦労をしていたところで,大変感謝しています.今回のような企画によって交流が活性化していくことは学会の持続的な発展のために重要に思いますし,こうして貴重な機会をいただいた私も,微力ながらお力添えさせていただけますと幸いです.また,たとえ知り合いであってもこの対談のように深い会話をする機会は中々ありません.伊藤さん・野澤さんと
    踏み込んだ話をできたのはとても勉強になりましたし,励みにもなりました.また皆さんとどこかでお会いできることを楽しみにしています.


    過去のNewsletterはこちらです。